|
お茶を入れて部屋に帰ってきたら、英二は既にゲームと格闘中だった。
珍しく日曜の練習が休みになったから。
本当に久しぶりに遊びに来たと思ったのに、この人はいつもこうだ。
ドアが開く音に反応して英二が声だけでこっちを向く。
「。俺、砂糖とミルクたくさんね。」
視線はテレビのモニターに釘付けになったまま。
ちょっとだけむっとして、トレイを乱暴にテーブルに置く。
「あ、ドア少し開けて置いてよ?」
「だって寒いんだもん。」
「いいの。男が女の子の部屋に入るときは、ドアは少し開けておくモンなの。」
仕方なくドアを少し開けたままにする。
英二は変なところで律儀だ。
私の部屋でも、英二の部屋でも、ふたりっきりになるときは必ずドアを少し開けておく。
どうやら、お母さんやお姉さま方の教育の賜らしい。
私は全然平気なんだけどね。
っていうか。
付き合って半年、そんな雰囲気になったことは、幸か不幸か一度も、無い。
いつも、ゲームをするか本を読むかでお茶を飲んで帰っていく。
相変わらすモニターにかじりついたままなので
紅茶に砂糖とミルクを入れて英二の手元に置いてあげる。
「ん。さんきゅう。」
「買ったんでしょ?それ。家でやればいいじゃん。」
「家帰るとさあ。兄貴達にゲーム機占領されてて順番来ないんだもん。」
「・・・・何しに来たのよ。」
英二の顔がようやくこっちを向く。
「ん?決まってんじゃん。に会いに。」
・・・・。
そんな事言ってもも騙されませんからね。
大体、コントローラー握ったままじゃないですか。
ベッドの上に腰掛ける。
英二はテレビの前のクッションの上。
半年間、これが私と英二の定位置。
「ねえ。。ここ、アイテムどこ?」
「ん?あ、その廊下曲がって、突き当たりのドア。」
「んで?」
「後は自分で捜しなさい。」
「ちぇ。けちんぼ。」
私は攻略本なわけ?一体。
自分の紅茶を取って一口含む。
ああ、ちょっと濃すぎたかなあ。今日は。
テレビのスピーカーからは、さっきから同じダンジョンのテーマ曲。
先週からずっとこれだ。
どうやら随分手こずっているらしい。
突然振って涌いたように理不尽な気持に捕らわれる。
英二はずっとダンジョンの中を彷徨っている。
「ちょっと。あんた。最近誰かに告られなかった?」
「んにゃ?あ。昨日一年の子につきあってって言われた。」
やっぱり。
「で?何て答えたわけよ?」
「俺付き合ってる奴いるから、って。」
「そしたら?」
「『三年二組のさんですか』って言われたから『そうだよ』って。」
はあ。
思わず溜め息がもれる。これだ。
それでも、この人はコントローラーを握ったままだ。
「なんか最近多くない?」
「ん?何?」
「女の子に言い寄られる数。」
「んー。三年になって三人目かな?」
「全部一年生?」
「うん。全部一年。」
「騙されてるね、みんな。」
「えー?俺騙してないよ。」
「騙してるよ。」
「なんか向こうが勝手に寄ってくるだけじゃん?」
「テニス部のレギュラーだって言うだけで?」
「多分そんなかんじ。あーっ!!ポーション!!ポーションどこ?」
「やっぱり騙されてる。」
「騙してねーって。あーっ。死んじゃう!!ねえ、ポーションどこ?」
「右斜め前の扉あけて階段降りたとこ。」
しゃあしゃあと答えるものだからなんだか頭に来る。
そんな事より、ゲームの方が大事なんだから。
カップを取って、飲み頃の温度になった紅茶を口に含む。
深呼吸をしてみる。やっぱり収まらない。
「英二目立ちすぎ。」
「ん?」
「目立ちすぎ。愛想良すぎ。むかつく。」
「・・・?俺になんか悪いコトした?」
英二は明らかに不機嫌になった私の声色に気付いてようやくこっちを向いた。
「朝、涙目の女の子に詰め寄られた。色白くてロングの。」
「げ。昨日の子だ!ごめん。」
「さすがの私も見ず知らずの下級生に詰め寄られるのは困る。」
「あー。ちょっとそっけなくし過ぎたかなあ。」
「なんかやったの?」
「いや。二番目でも良いから付き合って下さいとかゆうからさあ。
好きでもない子と付き合うほど暇じゃないからってゆった。」
「ひゃあ。可愛そう」
「だろ?」
「違うよ。英二じゃなくてその子。」
「ひっでー。俺本当に困ったんだから!それだけじゃねーの。」
「まだあるんだ。」
「うん。じゃあ、諦めますから、一回だけキスしてくれませんか、とか言われてさあ。」
「・・・マジ?」
「大マジ。漫画の読みすぎだってゆーの。」
「いや、最近そういうベタなの少女漫画でもあんまりないって。」
「そんな思い詰められたら怖いじゃん?」
英二はコントローラーを床に置くと、すいと左に視線を泳がせた。
「だって俺、まだともキスしてねーのにさあ。」
ねえ?と顔を覗き込まれてたじろいだ。
「うん。してないねえ。そういえば。」
「ひでー。付き合って半年も経つのに、何で今それに気付くんだよー。」
「・・・なんで私と英二キスもして無いんだっけ?」
「だって、最初しようとしたら嫌がったじゃん」
「いつ?」
「付き合いはじめたころ」
「あーっ!それ付き合い出した次の日じゃん!」
「うん。オレ、キスしようとしてひっぱたかれた。」
「・・・・ひっぱたいたっけ?」
「ひでえ。ほんっとうにひでえよ。覚えてないの?
オレさー。いきなしひっぱたかれたから、ああ、こういうの嫌なのかと思ってさあ。」
「思って?」
「う。」
英二がちょっと言い淀む。
コントローラーのコードを指でくるくると弄ぶ。
それから。もう一度、視線が右から左へ泳ぐ。
私、知ってる。
これは、言いにくいことを誤魔化そうとする時の英二の癖。
「思って、それでなんなのよ。」
「えーっと。あ・・・」
口ごもりながらそっぽを向いて。
やっと聞こえるくらいの小さな声で。
「・・・・・。今までずっと我慢してるのに。」
なんなんだ。それは。
我慢って一体何なわけ。
「何よ、ひっぱたかれるのが嫌でキスひとつ出来なかったわけえ?」
「いや、ひっぱたかれんのはいいんだけどさあ。」
「いいんだけど何よ。」
「・・・・。無理にそうゆうのやってに嫌われるの嫌だったの!」
「だって、あれは早すぎだよ。」
「だから俺も反省したのっ!」
英二はふてくされたようにさらにそっぽを向いて。
さっきから一時停止をかけたままのゲーム機のコントローラーに手を伸ばした。
さっきずっと流れてたダンジョンのテーマ曲がもう一度流れ始める。
なーんだ。そうだったのか。
英二が神経質な位に、ドアを少し開けておくことに拘った理由。
なんだかすごくおかしくって思わず吹き出してしまった。
「なんだよー。笑うなよ!」
「あははは。ずっと我慢してたんだ。」
「しかたないだろ?俺だってお年頃なんだから!」
ベッドを降りて英二の後ろに座る。
なんだか英二が可愛くって、髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。
「あははは。ねえ、こっち向いてよ。」
「あー。こら!触んなって!言ったろ?俺お年頃なんだから。」
「いいよ。ねえ。キスしよう。」
口から出てしまってから自分でも驚いた。
あっけにとられて振り向いた英二の顔を見ながら
あー。あたしって意外に大胆、とか他人事のように思ったり。
でも。これは確かに私の口から出た言葉。
今度は英二、身体ごとこっちに向き直った。
英二の膝と私の膝が当たる。
「なんだよー!それ!俺の半年の苦労は何だったわけ?」
「なによお?していいって言うんだから素直にすればいいじゃない。」
「はいそうですか、なんてほいほいできねーだろ。」
「なによお。私だって英二が全然そんな素振りみせないから、
ああ、付き合うってそう言う事だっていうのを忘れてただけなんだから!」
「忘れてたってなんだよ、それ。俺の事、彼氏とか恋人だとか思ってねーだろ!」
「思ってるよ!めちゃめちゃ思ってるよ!」
「俺だって思ってるよっ!」
ぷっ。
二人の台詞が同時にかさなって。
私たちは一緒に吹き出した。
「何けんかしてんの。俺達。」
「これが話しに聞く痴話喧嘩ってやつかなあ。」
「ぎゃはは。すげえ恋人っぽい。」
ふわりと英二の両腕が私の肩にまわる。
「半年もつきあっててなさけねーよな、俺。全然言いたい事も言えないんだから。」
こつん、と英二のおでこが私のおでこに当たる。
「俺さぁ。ずっとにこういうこと、したかったの。」
今度は英二の鼻先が私の鼻先をくすぐる。
英二が何か喋る度に、動いた空気が私の唇に触れる。
右のほっぺたと左のほっぺた。
あ。これ、英二の絆創膏。
それから。左のほっぺたと右のほっぺた。
ああ、次ぎ、来るな。
ぎゅっと目を閉じると同時に唇と唇が触れて。
次の瞬間。
何故か英二が私の下の唇を軽く噛んだので驚いて英二の腕を振りほどく。
「馬鹿。何すんのよ!」
「だって噛みつきたくなるような顔してるんだもん。」
「ひどい。英二サイテー。なんでファーストキスで噛みつかれなきゃなんないわけ?」
「あ。 はじめて?」
なんとか、英二から逃げようと身体をずらそうとしたんだけど、
あっけなく、背中に英二の手が回る。
・・・。動けないんですけど。
こつん。もう一度英二のおでこが私のおでこに当たる。
「うれしー。」
今度はおでこに英二の唇が触れる。
「はじめてのキスで噛みつかれたなんて、絶対忘れないじゃん?」
おでこの上で英二の唇が動いて何だかくすぐったい。
口惜しいので顔を上げて英二を睨み付けて。
何か言い返してやろうと口を開きかけた所でもう一度唇を塞がれた。
ぎゅっ、って背中に回った英二の腕に力が入る。
うわあ。こう言うとき、女の子はどうすればいいんだっけ?
映画やドラマのシーンをフル回転で思い出してみる。
えっと。確かこう。
恐る恐る英二の背中に腕を回してみる。
ふっと唇が離れたので、目を開けてみたら、
ちょっと驚いたように英二がこっちを見てて。
「だいじょぶ? 、嫌じゃない?」
今まで聞いたことも無いような優しい声で聞いてきたので。
なんだかきまりが悪くなって、英二の胸に顔を埋めた。
「 さいこー。」
もう一度。英二の唇が落ちてくる。
今度は長い、長いキス。
頭がぼーっとしてくる。
でも、ああ、ドア、開いたままなのになあ、とか。
これ、英二、キス上手いんじゃない?とか。
どっかで冷静に自分を見てる自分がいたりして。
「ねえ、英二慣れてるよね。」
「ばーか。」
言いかけた唇をまた塞がれる。
唇が離れる。また重なる。私達は何度も何度もキスをした。
後はあんまり良く覚えていない。
最後に、また、こつんって英二のおでこが私のおでこに当たって。
「へへ。半年分。」
そんな事を言われたようなきもしたけど。
その頃には、私は、そんなことはどうでも良くなってしまった。
スピーカーからは相変わらず、ダンジョンのテーマ。
ドアなんて開いててもあんまり意味無かったね。
「ねえ。英二。お茶、おかわり入れてくるけど?」
「ん。俺、今度コーヒー。」
テレビのモニターを睨んだまま英二が答える。
手元はコントローラーを握ったまま。
やっぱりエンドレスで同じダンジョンのテーマ曲が流れ続けている。
もう、二時間もそこから出れてないんですけど。
まあ、隣でゲームに没頭する英二の顔見てるのも悪くはないかな。
トレイを持って立ち上がる。
部屋を出て階段を降りかけたら、後ろから英二の声が追いかける。
「。俺、砂糖とミルクたくさんねー。」
きっと何も変わらない。
でも。
コーヒーを持って帰る場所は、ベッドの上じゃなくて、英二の隣にしよう。
私は英二のコーヒーを入れる為に台所に向かった。
END
|