「負けちゃいましたねえ。」 「ふがいないねえ。」 「ふがいないですねえ。」 アイスコーヒーにささったストローをつつきながら、大袈裟に宙を仰ぐ。 会ったのは一ヶ月ぶりだろうか。 六月に入って日差しも強くなってきたから、 この前顔を見たときよりも少し陽に焼けたようだ。 「さん、応援に来てくれないからですよ。」 「ごめん、忘れてた。大体電話もくれないんだもん。」 「さんこそ、全然電話してくれないじゃない?」 「ええ?あたし?普通電話してくるのは、男の方じゃないの?」 「だってさんちのお兄さん怖いんだもん。」 「ああ、そりゃ、君、うち来た時、へらへらにやにやしてたからだよ。」 「ひどいなぁ。オレはいつも自然体なだけなんだけどなぁ。」 テーブルに肘をついたまま、ぐいっとこちらに顔を近づける。 最初はこのアクションにどきっとさせられたものだけど、 今ではすっかり慣れっこになってしまった。 彼には大意はないのである。無意識に。相手の顔を覗きむのが癖らしい。 相手の、といよりは女の子の? ようするに女の子が好きなのであろう。多分。 「じゃあ、負けたんなら、もうこの夏は部活終了なの?後は受験勉強?」 「八月の全国大会までは続けさせてもらいますよ。」 「あ?負けたんでしょ?チームは勝ったの?」 「いや、チームも負けたけど、東京の上位5チームは関東に行けるから」 「ああ?なんだ。そうなんだ。気を使って損しちゃったじゃない!」 「なんだ、気使ってくれてたんだ。」 「当たり前じゃない。」 「実は、来てくれるかどうかちょっと不安だったんですよねー」 「来るよ、君があんな電話してきたら。そりゃあ。」 私が中学を卒業してから、めっきり会う回数も減ってしまったから。 卒業までは、会おうとしなくても会えたし、明日の約束は今日すれば良かった。 だから、私と彼の間には、電話をする、という習慣が殆どないまま離ればなれになってしまって。 このまま自然消滅かなあとか、思ったりもしてた。 だから。夕べ彼から久しぶりに電話がかかって来たときは正直嬉しかった。 「負けたから、さん会いに来てくれて。やっぱりこれもラッキーかな?」 「だから。負けなくても会いに来るって。いつだって」 「電話もしてくれないのに?」 「そっちだってしてくれないじゃない」 「オレの運の強さはね。運じゃなんだなー、本当は。」 「本当は?」 「思う力。」 軽くウインクしてから。もう一度顔を覗き込まれる。 「何それ。君のラッキーは精神力の賜なわけ?」 「そうですよ。これでも努力してるんですから」 情けないことに。 今度はちょっとドキドキした。 「ねえ、高校楽しい?」 「楽しいよ、それなりに。新しい友達もできたし。」 「オレがいなくても?」 「いなくても。」 「そうかあ。ショックだなあ。」 台詞とは裏腹な楽しそうな表情が小憎たらしい。 「オレもさんと同じ高校行こうかなあ。」 「無理だよ、それ。」 「どうして?オレそんなに成績わるくないけど?」 「うち、女子校。」 「あ?」 もの凄く。 こういう時にお決まりの惚けを本気でかましてくれる彼が好き。 一瞬だけ、女子高に進んだ事を後悔した。 いや。ひょっとしたら、彼が思い続けるならば、 女子高だって共学になってしまうかも知れないな、なんて。 「別に負けなくても会いに来るよ、私は。」 「本当に?じゃあさんも電話してよ。」 携帯電話、買おうかな。 ふっと思ったけれど、言葉にするのはやめてしまった。 口にして彼に「やった、ラッキー。」と言われるのが癪だったから。 顔をあげて。彼の顔を眺めてみる。 アーモンド型をした切れ長の目がこっちを見ていて。 薄い唇の端ががにやにやと何か言いたそうにしてるのがやっぱり癪で。 頭に来るからやっぱり、すいと視線を落としたら、見透かしたように彼はにやりと笑った。 「電話してよ。」 「・・・・努力します。」 「やった。ラッキー」 結局どうやっても彼は喜んでしまうんだなあとか。 幸せなひとだなあとか。色々思ったけれど。 やっぱり面倒くさくて口に出すのはやめてしまった。 次の試合はいつなんだろう。今度電話して聞いてみようかな。 電話したら、やっぱりこのひとは喜ぶのかな。 そんな事を想像しながら、私は残りのアイスココアを飲み干した。 窓の外の日差しはまだまだ強くなりそうだ。 もうすぐ、長い、夏がはじまる。 End |