■CALL ----周助・裕太

無意識にズボンの左ポケットに触れる。
ポケットの中の携帯電話が小さく振動するのは、それとほぼ同時。
弟からのメールは着信する前に気配を感じとれる。
特に弟からだと解るわけでは無い。
ポケットに手を触れたくなる度、何故か弟からの着信があるだけ。
そうなったのはいつ頃からだったか良く覚えてはいない。
携帯電話を持ち始めたのは小学校高学年になった頃だった。
お揃いの銀色のドコモ。
優美な流線型のフォルムは姉の趣味だったか、母の趣味だったか。
すれ違いがちの家族を繋ぐ為のツールとして買い与えられた小さな銀色の機械は、
幼い兄弟を熱狂させるに充分な魅力を秘めていた。
自宅の一階と二階で。
二段ベッドの上と下で。
押し入れの中と廊下で。
互いの電話機を鳴らし合っては他愛ない会話を繰り返した。

「もしもし?裕太?」
「なあに?お兄ちゃん?」
「今日の晩ご飯何だか知ってる?」

そんな秘め事は、あっと言う間に両親の知るところとなり、二人はこっぴどく叱られた。
それからは、二人だけの秘密の暗号を作った。
ワンコールで切れたら、「もうすぐ帰る。」
一度鳴って、暫く経ってワンコールだと「正門の前で待ってる。」
誰も知らない二人だけの符号。
いったい幾つあったのか良くは覚えていないけれども。

繋がらなかったコールの記録はどこにも残らない。
両親に知られて叱られる事もない。
家族と居る時や、学校に居る時は、着信音をオフにして、
微かなバイブレーションでお互いの存在を確認しあった。
二人だけのささやかな秘密。
ただただ、小さな銀色の機械がお互いを繋ぐ事だけが楽しくて。

「なんだよ、不二。また携帯握ってニヤニヤしてさぁ。」
「うん?何でもない。」
「なんだよぉ。女?女?」
「ふふ。秘密。」

今はもう、二人の携帯電話はお揃いではないけれど。

家を出る前に買い換えた、裕太の、二つ折りの黒い端末を思い出して周助は微笑した。
なんだかカブトムシみたいな電話だね、と笑ったら、裕太、怒ったっけ。

遠く離れてしまった片割れの膨れっ面を思い浮かべながら、左のポケットに触れてみる。
指先に伝わる微かな振動。
何千回と馴染んだ、そして、それでも懐かしい感触に頬が緩む。

「うるせぇ。くだんねぇコトでメールしてくんな。」

五年前と変わらず、繰り返される他愛ないやりとり。
大丈夫。僕達は間違いなく今も繋がっている。
きっとそのうち、大切な人ができたら、
僕にメール打ってる暇なんて無くなるんだろうけどね。

でも。

まだ。

今は。

そう遠くは無い決別の予感。

それでも。 もし許されるならば。
もう暫くの間だけ。
僕はまだ子供のままでいたいから。

何時まで僕は裕太にとって、特別でいられるのかな。

まるでそれを確認しようとするかの様に。
自分の指先から、遠く離れた弟の指先に振動を伝えるために、周助は携帯電話を握る。

「ねぇ。お昼ご飯何食べた?」


END



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©愛のまるやけ 2001-2002 金谷ホタル