|
「不〜二っ。ねえ。ねえ。」
今日は七日。出席番号7番の菊丸は「当たり日」である。
夕べの夜、下の兄が買ってきた新しいゲームに
男兄弟三人ですっかり夢中になってしまったため、
菊丸の英語のノートも教科書も真っ白いままだ。
「不〜二。ねえ。不二ったら。英語の予習やって来た?」
何度も身に覚えのある菊丸の猫なで声に、何事かを察し、
先ほどから聞こえない振りを決め込んでいた不二。
仕方無しにランチボックスから顔を上げる。
「うん。予習はしてきたけど。ボクも昨日は時間無かったから
ざっと単語調べて下読みしてきただけなんだ。」
嘘。本当は単語調べも和訳も、きっちりノートに書き出してあるけれど。
英二はちょっとこの所さぼりすぎだから。少し困らせてやろう。
不二は、いつもの得意の笑顔でにっこりと菊丸に笑い返す。
全国区の運動部に所属している割には、不二も菊丸も成績は優秀だ。
ただし、不二が何事もそつなくこなすタイプなのに対して
菊丸のそれは「要領が良い」と称するのが正しいようだ。
当たりそうな日の授業も、試験の直前も、
菊丸は大抵不二のノートで窮地を切り抜けていると言って過言ではない。
まあ、別にいいんだけど。
あてにしていた不二のノートが頼めない、と解った瞬間、
菊丸は一瞬、歯白んだかに見えたが、すぐに泣きそうな表情に変わる。
「え〜〜っ。まじ?無いの?ノート?」
「うん。ゴメンね。今日は頭の中だけ。」
この、菊丸の「泣きそうな顔攻撃」に何回騙されたことか。
「んじゃさあ。教えて。今から教えて。不二。お願い。」
「クラスの他の奴に聞いてみれば?女の子なら大抵予習してるだろうし。」
涼しい顔で、いつもの如くにっこりと微笑む不二の顔を見て、
菊丸、不二が自分に意地悪をしているらしい事を薄々感じる。
「手塚のクラスなら、うちのクラスより英語先に進んでるよ。手塚の所に行ってみれば?」
ちょっと面白くなってきた不二は、さらに意地悪をけしかけてみる。
「手塚になんて頼んだら、頭から『たるんでる』って一蹴されるのが落ちじゃんか〜。
酷いよ。不二。」
思い切り唇をとんがらせて主張する菊丸。ちょっと可愛い。
「オレは、テニスも強いけど成績も良い、って言うのが売りなの!
他の奴に、ましてや女の子になんて、ノート見せてくれなんて言えないの!」
これは初めての展開だ。英二の奴、どう出るつもりだろう。
不二、少し注意深く出方を考える。
「なんなの。それ。ボクならいいってどういう理屈なわけ。」
菊丸は、そっぽを向いたまま、指先でくるくると髪の毛を弄びながら答えた。
「だって。不二は。オレがそういう奴だって知ってるじゃん」
そっぽを向いたまま言い放った菊丸に、今度は不二、本当に吹き出してしまう。
ふうん。英二の奴。ちゃんと学習しているワケだ。
この二年で段々巧妙になって来るやり口についつい点数が甘くなる。
「解った。ノートは見せないけど、単語は教えてあげるから。」
「ちぇーっ。やっぱりやってるんじゃん。予習。」
「このボクが、昼休み付き合ってあげるっていってるんだよ。不満?」
「なんで意地悪するんだよお。不二のケチんぼ!」
「なんだったら、手塚の所に行って頼んでくれば?」
「へーい。解りましたっ!よろしくお願いしまーす。先生。」
菊丸。ノートのあてが付いて、ようやく安心したのか、
しばらくお留守になっていた、サンドウイッチにかぶりつきながら、早速がさごそと鞄の中から英語の教科書を引っ張り出し始めた。
にかっとウインクをよこす。今日は菊丸の勝ち。
これだから英二には敵わない。きっと自分はこれからも、
不本意ながら英二の成績維持に貢献してしまうのだろう。
でも。
いつも、弱みを他人に見せない、見栄っ張りの英二が。
自分には多少なりとも心を許してくれるのは悪い気はしないと。
「ねえ、不二。これは?何?able toってどう言う意味?」
「be able toはcanと同じ。何々できるってこと。」
そして。そう思ってしまった自分は既に英二の策略にはまってるだけなのかもとも思うけれども。
昼食を終えたクラスメイト達は三々五々散っていく。
ああ、図書室から借りてる本、今日までに返却だったっけ。
まあいいや。これは貸しと言うことで。
どうやって返して貰おうかなあと思うと、自然に顔が緩んでくる。
「何?不二。何笑ってるの。また何か企んでるでしょう?」
「あ、違うよ。英二。そこ。過去形。」
まあいいや。英二にはそのうちまとめて借りを返して貰えばいいんだから。
昼休みの喧噪が耳に心地よく触れては遠ざかる。
五時間目まで、あと二十七分。
END
この作品はお友達のカセンちゃんの手でデジタルノベルにして頂きました。
興味の有る方はこちらからどうぞ。
|